07年12月5日
珍しく朝に写真を撮る。
影がはっきりしてきた。空気が澄んでるのだ。
遠くまでハッキリ見える。
寒くなったなあ。ていうかこの部屋寒いわ。
ムダに窓だらけで天井高いんだもの。
地上に降りると
ちょっと暖かい気がするもんな。
用もないのに下りてみたりして。
あげく無理やり用事を作る。
地下にあるトランクルームに楽器を置きにいく。
薄暗くて肝試ししてるみたいだ。
いつもここは邪気にあふれてる感じがする。
さらに地下の駐車場まで行って車の座席に腰掛けてみたが
別に車で行くところは無いんだ。
車を降りて甘いものを買いに行く。
相変わらず日本語が聞こえてこない街。
さあ、一番嫌いな季節の到来だ。
07年11月29日
会社にて、いしわたり淳治くんと歌詞の打ち合わせ。
間違いなく次世代の歌のイノベイターになりうる才能だと思う。
野球の縁で知り合った訳だが
そういえばグラウンド以外で会うのは初めてだ。
席でのあいさつ流れの話の中、偶然「間違い探し」という言葉が出てくる。
こういう言葉に即座に反応し合えるのは
なにか共有できている証拠だと勝手に解釈させていただく。
ふたりとも色めき立つが、とりあえず発言者のボクが使うことに。
今になって思うと、
或いは一人相撲だったのかもしれない。
それはそれでいいか。
一旦落ち着いて、今回の概要をざっくばらんに話す。
ともすれば、かなりネガティブな内容だと思われる説明だろう。
だが、無駄に前向きなものを作ってもらってもしょうがない。
できるだけストレートに伝える。
少々の不安があったが
淳治くんからの質問を聴いて安心する。
仕事ができる人は
質問のポイントが押さえられているものだ。
じゃあダメ男の詞、よろしくお願いします!
07年11月22日
いろいろ相談した結果、
エイベックスのスクールのなかから
小学生~中学生の子の資料をピックアップしてみせてもらうことに。
みんな上手い。
ただ、ボクが求めるものとは少し違う。
まだ完成しきってない声が欲しいのだ。
と、思う中、少したどたどしく唄う子を見つける。
ココロの揺らぎが声に出てしまう子。
そういう声のほうが草原の中で立つ姿がイメージできる。
結果的にその「揺らぎ」こそが子供としてのチカラを表現するのだ。
連絡を取ってみようと思う。
07年11月21日
明らかにカフェイン中毒だ。
夕焼けとにらめっこしつつ、
コーヒーを飲みながら唄う。
そして夜はビール呑みながら歌詞を書き、
朝に消す。。。
酔っ払って書く勢いも必要だけど
酔っ払った文章ほどキツいものはない。
まあいいよ。
ここはゆっくりやらせていただく。
そもそも日本語の歌詞というものをあまり聴いてこなかった。
でも「こういうものがあればいいのに」というイメージは、
ぼんやりと在る。
それが形にできるのか、
そしてメロディに乗るのかが問題なのだけど。
レコーディングってこんなに孤独な作業だったかなあ。
あれ?空気は乾いてるはずなのに、夜景が滲んで見えるよ?
07年11月20日
シンセの音をいじっていくと、つい角というかエッジを削ってしまう。
なんていうんだろ?おしゃれ魂っていうか。
これ90年代の負の遺産かも。
下品なくらいジャギジャギだのビョンビョンだの
「らしい音」のまま放置してしまったほうがいいのではないか。
そもそもこういう市販レベルのシンセが出回り始めた80年代、
どんな音だろうと再現できる予定だった。
シンセは何の楽器にでもなれるはず、だったのだ。
そのときは多少似てない音になっても、
技術の発展に拠りいつかそうなるのだ、と思っていた。
ボクが勘違いしていたのではない。
みんなそう思っていたのだ。
もちろん、減算で作ればサンプル分については「再現」であるが
それは1音サンプルについての話であり、それを楽器として操るとなると
また話は違う。
現在に於いて、だからこそ言えることだが
シンセサイザーとはそれそのものの音色を持つ「楽器」だったのだ。
声高らかに書いているが、
今はそんなこと音楽制作に携わる人間なら誰でも知っている。
しかし、それが判っているのは、
当時からみれば「未来に居る」側の強みだ。
つまり、エディットやめた。
